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松江地方裁判所 昭和48年(ワ)59号 判決 1975年1月13日

原告 官崎守文

右訴訟代理人弁護士 高野孝治

同 野島幹郎

同 大賀良一

被告 日本赤十字社

右代表者社長 東龍太郎

右訴訟代理人弁護士 原良男

主文

一、原告が被告に対し雇傭契約上の地位を有することを確認する。

二、被告は原告に対し別表の支払期日欄記載の各日に同表未払賃金欄記載の各金員および右各金員に対する各支払期日の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、第二項については支払期日を経過した部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一原告の申立

主文第一ないし第三項同旨および第二項につき仮執行宣言

第二原告の主張

(請求の原因)

一、原告は昭和三三年七月被告に入社し、以来益田赤十字病院(以下益田日赤ともいう)で医療技師として就業し、同三七年七月より同病院臨床検査課長として勤務していたものであるが、被告は、昭和四八年二月二八日、原告に対し懲戒解雇する旨の意思表示をなした。右懲戒解雇の理由は「原告は益田赤十字病院臨床検査課長として勤務中、昭和四四年一二月下旬頃所属職員たる医療技師実重慶男外技術職員並びに助手等五名が勤務時間中に病院業務用器材、薬品等を使用して益田市内の開業医から依頼の検査物の検査を行い、その報酬を無断で個人的に受領して之を遊興飲食その他に使用している事実を知悉したのに拘らず、所属職員を指揮監督し、その業務を処理する職責にありながら之を阻止せず却って、右不正行為者の行為に加担し、昭和四五年一月頃から同四七年一〇月頃までの間、益田市内の開業医等より依頼された検査物を病院業務用器材薬品等を無断で使用して検査をなし、その代償として合計約七〇余万円を受領しながらこれを病院に納入せず、前記のごとき使途に費消した行為は、就業規則第九五条本文(職員は左の各号の一に該当するときは懲戒解雇とする。但し、情状によって譴責、又は減給の処分に止めることがある)、七号(職務に関し不当に金品その他の物を受け取り、又は与えたとき)、一〇号(第九四条各号中二、四、五、七又は八号に該当し情状重いとき)、第九四条七号(越権専断の行為があったとき)、八号(職員たる体面を涜し又は信用を失う行為があったとき)に該当するものである」というものである。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因一の事実は、原告が臨床検査課長に就任した時期を除いて当事者間に争いなく、右就任時期は≪証拠省略≫によると昭和三七年四月一日であることが認められる。

二、よって被告主張の本件懲戒解雇事由の存否について検討する。

(二) 原告ら検査課員を含む検査室職員が開業医等の部外者から検査物の検査を依頼されてこれを実施し、検査料を受領してこれを益田日赤の経理を介することなく管理費消していたことは当事者間に争いがない。

(二) ≪証拠省略≫を綜合すると、

(1)  益田日赤病院長上原貞平医師が退職してから半年位後である昭和四一年夏頃、個人医院を開業した同医師より一般開業医では実施困難な検査を益田日赤において引受けてもらいたい旨の依頼が当時の益田日赤検査部長(以下単に検査部長というときは益田日赤検査部長を指す)三浦に対してなされ、三浦検査部長は、当時検査技師実重慶男が検査室で執務する職員中の最年長最古参であり、また臨床検査課長たる原告が組合専従者として長期在京中であったため事実上の課長代理格であったので、同人に対して、右依頼を従前の縁から特別に承諾するよう委託し、その際検査料として正規の料金額の二分の一程度を貰いうけて検査室のレクリエーション費等に充ててもよい旨の許可を与えた。そこで実重が検査課員土井勝典、田中昭美、島田豊子ら総員に右の旨を説明して了解を得たうえ、検査室において上原医院から持ちこまれた検査物の検査をその都度引受けることとなり、これに対し同医院より検査料として盆、暮ごとに一万五〇〇〇ないし二万円を受入れ、昭和四三年一二月上原医師が死亡するまで、これを継続した。

(2)  昭和四三年七月三浦検査部長は益田日赤を退職して開業したが、開業前夜、個人的に親密な実重を自宅に招いて自院からの検査をよろしく頼むと依頼し、実重が即座に承諾したので、同年九月頃の肝機能検査の依頼を初回として以後本件発覚の昭和四七年夏過ぎまで年間二〇ないし三〇件の検査を依頼し、検査室は上原医師の場合と同様にこれを実施し、盆、暮に謝礼の名目で年間合計二〇〇〇円程度の金品を受領してきた。なお検査料は上原医院の例にならい正規の保険点数による料金の半額とすることに双方了解済みであった。

(3)  次いで、昭和四四年一二月末日、益田日赤内科部長(複数)の職にあった郷原幸吉医師が退職し、先に死亡した上原医師の医院建物、設備を引継いでただちに開業した。同医師は昭和四〇年五月より同四一年六月まで検査部長を兼ね、かつ三浦検査部長の退職時より本多内科部長において検査部長を兼任するに至った昭和四三年九月一日まで約二ヶ月間事実上の検査部長職にあったところ、退職に先立ち、病院内で実重に対して、上原医院跡で開業するから検査を同じ条件でやってくれるように依頼し、検査室においてこれを承諾して、開業直後より上原、三浦各医師の場合と同様に実施した。郷原医師よりの検査依頼は主として肝機能検査であったが、件数が多く、検査室で記帳し、同医師は春、夏、暮の三期に分けて、謝礼名義の検査料を届け、一期当りの金額は、はじめ約二万円、後に五、六万円となり、前出発覚時まで継続された。

(4)  郷原医師よりの検査を実施して後、益田精神病院、山尾病院、大畑医院、岡崎医院、林医院等からも、検査室宛に直接に検査の依頼があり、検査室では、益田日赤出身の前示三医師の場合と差別をすべきではなく、むしろ外部検査を導入することが地域の医療水準向上に資するという見解の下にこれに応じることとし、益田精神病院については昭和四六年四月頃以降コレステロール検査等生化学検査、梅毒検査が、山尾医院については同四五年九月頃以降梅毒検査等が、いずれも昭和四七年九月頃まで継続的になされ、益田精神病院からの検査料は一ヶ月三万円にのぼり、山尾医院からは週五、六本の検体を受入れ、単価七〇円の割合で支払をうけていた。大畑、岡崎、林各医院から受けた検査内容は血清、肝機能等であったがその量はごく僅かであった。

(5)  上掲各外部検査のうち、益田精神病院が金額、数量とも圧倒的に多いが、この検査を応諾するについては、直接に検査を担当する実重慶男、伊藤正義、増野佐益ら生化学検査係ならびに原告、土井勝典が協議に参与した。

(6)  これら外部検査はすべて勤務時間中に益田日赤の薬品、器材を使用してなされ、いわゆる検査料収入は、上原医院分を除いても、前認定額より積算できるとおり相当の金額に達する。

(7)  外部検査の対価は、ほとんどの場合依頼者より現金の形で届けられて、実重、増野、土井その他居合せた検査課職員が受領し、記帳や特段の管理をすることもなく、これを現金のまま小箱に納めて検査室の棚に置き、検査室の催す忘年会、歓送迎会、ボウリング大会等のレクリエーション費、検査室所属員の結婚祝い、茶菓代、部屋におくコーヒー、碁盤碁石、ステレオ等の購入費、検査室用の白衣購入費等に大部分を費消したほか、金の必要に迫られた者が借用の旨のメモを小箱に入れて随意に現金を引き出し、その後随時に弁済してメモを回収する方法で寸借することも許され、昭和四七年一〇月二四日当時、原告が計四万円、実重が一万円、土井が五万円をそれぞれ借用中であった。そして右時点において検査室が保管するいわゆる検査料は右一時貸与分を含めて二二万円強であった。なおいわゆる検査料の管理は最後の頃一応増野によってなされていたもののようであるが、これとて極めて杜撰なものであり、また保管金の共益的支出は、原告、実重、土井、増野、伊藤五名の協議によりきめていた。

(8)  以上の如き一連の外部検査および対価の収受管理費消につき益田日赤病院長の許可はなされず、かつ上原医師よりの分を除いては直接の上司である検査部長の諒承は一切なされておらず、暗黙の了解も与えられていない。

(9)  原告は、昭和四四年七月益田日赤検査課に復帰後間もなく実重より外部検査をしている事実およびこれの端緒につき三浦元検査部長の許可を得た旨を告げられたにもかかわらず、検査部長や病院長に対して、検査課長の職責上当然になすべき報告、確認をなんらしていない。

(10)  前認定の外部検査に直接に参画、実行しかつ原告の益田復帰後も在籍していたのは、原告のほか、検査課員実重慶男・田中昭美・島田豊子・土井勝典・伊藤正義(但し昭和四六年一二月三一日退職)・増野佐益・円岡妙子ならびに内科部所属検査室員の宮内修であり、宮内を除く七名はいずれも原告の指揮監督下にあった(その余の検査課員については共益費の恩恵を受けたことや外部検査に気付いていたらしいことまでは認められるが、参画、実行への加担を窺わせる資料がない)。

以上のとおり認められる。≪証拠判断省略≫

前示争いない事実および右認定事実によれば、原告は益田日赤復帰直後に自己の指揮監督下にある検査課職員が病院の薬品、器材を使用して勤務時間中に病院外より依頼された検査物の検査をなし、いわゆる検査料を収受費消している事実を知りながら、検査課長としての職責上当然になすべきこれの制止をせず、また直属上司や病院管理者に確認や報告の措置をとらず、以後も自ら参与のうえ、従前同様の方法を続けたのみならず、郷原医院、益田精神病院等に外部検査の規模を漸次拡大したものであり、これは日本赤十字社就業規則九五条本文、七号、一〇号、九四条七号、八号所定の「職務に関し不当に金品を受領したとき」「越権専断の行為があったとき」「職員たる体面を涜し又は信用を失う行為があったとき」に該当するものというべきである。

三、ところで原告は本件懲戒解雇は懲戒権行使の範囲を逸脱してその濫用であると主張するので按ずるに、まず本件一連の外部検査の端緒が上原元病院長よりの検査依頼を当時の検査部長三浦が病院長の裁可を得ることなく一存で許可し、かつ検査料の管理使用を検査室に任せる旨許諾したことにあることは先に認定したとおりであり、この上原元病院長の出身病院に対する一種の甘えと三浦検査部長の上原医師に対する好意に出たところが、先にみたような外部検査の著しい拡大をもたらした遠因といわざるをえず、漸増していった外部検査につき、被告には禁反言の原理に準じ、一半の責任があることを否定できない。

更に引続いていずれも検査部長を勤めた三浦医師、郷原医師が自己の開業に伴ってその外部検査を検査課員実重を通じて依頼したことは、三浦医師の場合は退職後であり郷原医師の場合は検査部長の地位にはなかったときとはいうものの、旧部下に対する人間関係を利用しかつ上原医師の特例に便乗しようと意図したことが明白であり、反面依頼された実重よりすればこれの拒絶が事実上極めて困難なところであって、被告の許可そのものはないにせよ、右両医師の依頼を、三浦につき原告の関与なく、郷原につき原告協議のうえ、受諾、実施したことの非違は、相当程度減じて評価せざるをえない。

尤も益田精神病院以下数院の外部検査には前示三医師の如き特段の事情はなく、原告において阻止、制限等課員の指揮監督ができるのにこれをしなかったのみか、自らも当初より参与しているのであるから、その責任は外形上大きいようにみえるが、原告が益田日赤に復帰した時には既に上原、三浦各医師の検査が開始されこれが検査室の慣行としてほゞ固定していたのであって、この慣行を一挙に打破することは検査室全体の共益資金源を絶つことを意味し、ことが全員の経済的利害に関連してくるものであるから、原告が外部検査の即時中止に踏み切れなかったことも、人間性の弱さ、特に原告のおかれている中間管理職という立場を考慮すれば、酌量の余地を見出しうるものといえよう。

ところで本件外部検査に参与したのは前項で認定したとおり検査課職員多数および内科所属の検査係宮内修であるところ、実重以下検査課員および宮内の加功程度を原告のそれと対比すると、まず三浦医師よりの依頼は実重が承諾して他の検査課員と協議のうえ実施に移したものであって、被告の許可を得ることなく外部検査を開始したことにつき、実重の責任はかなり大きいものというべく、また≪証拠省略≫によると、実重は右検査を開始するにつき田中昭美、島田豊子に対しては簡単に事情を説明しただけで具体的な助力を受けなかったが、土井勝典に対しては詳細に話して検査を分担してもらった事実が認められるのであるから、土井勝典は実重に次ぐ責を負うものといわざるをえない。

その後の郷原医師よりの検査は、前項(二)冒頭挙示の各証拠によれば、主として原告、実重、土井、増野、伊藤が協議のうえ応諾、実施したことが認められ、検査課長として固有の指揮監督義務の点を除けば、右五名の加功に軽重の差を見出しえない。

次に益田精神病院、山尾医院よりの各検査は、右各証拠によると、原告、実重、土井、増野が協議して応諾し、主として、実重、増野、伊藤ら生化学検査担当職員が益田精神病院よりの検査を、血清検査担当の土井が山尾医院よりの検査を、それぞれ実施し、また上記いずれかが検査料を収受したことが認められ、原告以下右四名の協議者間に軽重の度をつけ難いものといわざるをえない。

以上に摘示した者のほか円岡妙子、宮内修も外部検査に参与したこと前認定のとおりであるが、その加功の程度に特段のみるべきものがない。

次に検査料の収受管理使用については、原告の復帰後は、原告、実重、土井、増野、伊藤が協議してきめていたものでありこの五名に差等を見出しえない。

以上の認定説示によってみると、監督義務の点を除けば、原告の所為と実重、土井、増野の各所為との間に、その情状において隔絶するものがあるとは到底認められず、むしろ実重の情状は原告より重いというべきである。なお退職した伊藤を除くその余の参与者の加功程度が前記四名に比し極めて軽微であることは上来の認定説示から明らかである。

しかるところ、原告に対する懲戒処分が解雇であるのに対し、実重、土井、増野の懲戒処分は、≪証拠省略≫によれば、いずれも日額二分の一宛の減給であって、その数額は、実重一三五六円、増野一一四五円、土井一二〇〇余円である(なお原告の直属上司である検査部長本多和雄に対する措置は訓戒である)ことが認められるのである。なるほど原告は臨床検査課長として検査課職員を監督すべき職責を有したことは否定できないが、この監督義務があったとの一事を前示の原告の加功程度に附加することによって、解雇と減給半日分との較差を招来する情状に至るとは到底認められないものといわざるをえない。

これら上記諸事情を綜合考察すると、外部検査の導入は地域社会の医療に貢献するからこれの実施は無許可であっても許容される余地がある旨の原告の考えが全くの独断かつ謬見であること、益田日赤の他の科が謝礼等を受領したりまたX線写真廃液を業者に引取料を提供させて払下げているとしてもこれらが原告ら検査課職員のした外部検査の違法を正当化ないし減軽するものとみなしえないこと、原告らのした態様の外部検査がその後中止され原告自身反省していることも原告のなした過去の違法行為の評価を左右しないこと等原告に不利な一切の事情を考慮に容れても、なお被告の原告に対する本件解雇は苛酷に失し懲戒権行使の裁量の範囲を著しく逸脱したものとして懲戒権の濫用にあたるものというべきである。

四、そうすると、原告は、なお被告との雇傭契約上の地位を有するものであるから、被告より賃金等を受けうべき権利があるというべきところ、請求原因三の事実は当事者間に争いがなく、従って被告は別表の金員ならびに支払期日の翌日以降完済まで年五分の遅延損害金を支払う義務があるといわざるをえない。

五、以上の次第であるから、原告は現になお被告の職員として雇傭契約上の地位を有するものというべく、その旨の確認を求めかつ右地位の存続を基礎として賃金等ならびにこれの支払期日の翌日以降年五分の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当として認容すべく、民訴法八九条、一九六条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今枝孟 裁判官 山田真也 皆見一夫)

<以下省略>

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